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ブレーキ壊れた忠犬、牛若丸。 三度の飯より首が好き?

「Fate/GrandOrder」(FGO)にて単体宝具☆3ライダーとして、多くのマスターが最初期からお世話になるであろう、「牛若丸」

牛若丸とは、日本での知名度は5本の指に入るであろう「源義経」の幼名。 彼の名前は広く知られていても、なにをしたか、どうなったかまではあまり知られてはいません。

今回は義経として紹介したいと思います。

史実での牛若丸

牛若丸(義経)は源義朝(みなもとのよしとも)の九男。 義平(よしひら)、朝長(ともなが)、頼朝(よりとも)、義門(よしかど)、希義(まれよし)、範頼(のりより)、全成(ぜんじょう)、義円(ぎえん)らを兄にもちます。

これらの兄のなかで、義経の伝説にメインで登場するのが三男である「源頼朝」。 義経と対立し、彼を自害に追い込んだ悪の元凶。

……と、世間の義経のイメージだけでみればそうなってしまうのですが、実際に歴史を紐解いていくと、わりと自業自得というか、出る杭はうたれるというか。

おそらくはちょっとズレた人だったんでしょうね。 人を惹きつけ、戦術的才能があり、独自先行をくりかえすような人物だったようです。そんな義経は、頼朝の手にあまったのでしょう。

さて、そんな八艘(どころか)世間の常識すら飛びこえた義経がなにをしたか。

義経、歴史に現る

彼が歴史上に主立って現れ始めたのは、「一ノ谷の戦い」から。

始めのころは頼朝と仲が良かった義経。 頼朝と対立する、従兄弟にあたる「源義仲」「粟津の戦い」にて討ち取ったのち、一ノ谷に本陣を敷いていた平氏に対し逆落とし(急激な斜面を駆け降りること)をしかけ相手側を混乱におとしいれ、大勝利をおさめたのです。

この時の戦略を「鵯越(ひよどりごえ)の逆落とし」と呼びます。 この戦いからしばらくして、かの有名な「壇ノ浦の戦い」にてついに平氏を滅ぼすことに成功。

この戦いが、悪い意味で義経にとっての転換期となりました。

壇ノ浦の戦いからしばらくのち、義経は頼朝からの自立を考えるも、失敗。 朝敵として頼朝らから追われることになってしまうのです。 このあたりで義経はいろいろやらかします。

頼朝の部下的な立ち位置であったにもかかわらず勝手に官位を得る、頼朝の戦後構想をぶち壊すようなことをした壇ノ浦の戦い、頼朝の許可をえずに独断専行をするなどなど。

そのほか、頼朝は自分のゆるしなく官位を得た関東の武士らに、「ふざけたことしてんじゃねぇよ、もう許さねー。 かえってくんな」と命令したものの、義経はこれを無視。 頼朝のいる鎌倉に帰ろうとしましたが、当然、帰ることはかないませんでした。

ここから少し飛んで、1185年10月。 頼朝はついに義経討伐を決めます。 もう取りかえしがつきません。

頼朝からの軍を自ら応戦し、撃退。 捕虜から頼朝からの命令であることを聞きだし、頼朝打倒を決めます。

しかしながら義経の味方をする勢力は少なく、むしろ敵対する勢力まで現れるしまつ。 加えて味方であったはずの後白河法皇から義経追討の院宣がだされ、さらなる窮地に追い込まれました。

1186年、頼朝の軍らに追われつつ、流れ流れて奥州藤原氏、「藤原秀衡(ひでひら)」を頼ったものの、翌年に秀衡は病没。 そのあとを継いだ泰衡(やすひら)は”義経の指示を仰げ”という秀衡の遺言を受けていたものの、頼朝からの圧力に屈して義経を裏切ります。

そして最期。 義経は衣川館にて逃げ場をうしない、持仏堂にこもり、妻と娘を殺害したのち、自害するのでした。

Fateシリーズでの牛若丸

FGOから初登場。 例によって、Fate世界の牛若丸(義経)は女性。 ☆3ライダーのサーヴァントとして実装されています。

FGOの本編シナリオにおいては、第七章にて、ギルガメッシュに召喚されたサーヴァントとして登場。 最初期から実装されていたものの、ストーリーに絡んでくるのはかなりあとになってから。

史実のように頼朝と険悪なことはなく、兄上大好きな超ブラコン。 兄上のためならなんだってしちゃう。 しかし肝心の兄上には理解されない。 本人いわく、敵の首を嬉々として頼朝に献上したりしたそうな。 そういうとこやぞ。

そんなブラコンぶりというか忠臣ぶりは自身を召喚したマスターにたいしても発揮されるようで、事あるごとに「首落としてきます!」とつっこんでいこうとする。 だから、そういうとこやぞ!

第七章にて彼女が登場したとき、ガッツポーズをとったマスター諸兄もたくさんいるはず。 かくいうぼくもそのひとり。

“主殿!”とすり寄ってくる自分の召喚した牛若丸ではなくギルガメッシュに召喚された別個体であるため、ちょっと寂しい気持ちもあれど、右に左に真面目にネタに、彼女が物語を動きまわる第七章は非常にオススメです。