FGO

体は子供、頭脳は大人、声は子安なアンデルセン

史実でのアンデルセン

世界三大童話作家である「グリム」「イソップ」「アンデルセン」のうちのひとり。 1805年4月2日生まれで、デンマークの貧しい靴屋の息子でした。

1816年に父親が亡くなった影響から学校を中退、1819年で彼が15歳のころにオペラ歌手を目指してコペンハーゲンへ向かうも、アンデルセンの歌や劇作などはついぞ認められることなく挫折してしまいます。 このころに彼についていたあだ名が”デンマークのオランウータン”。 容姿があまり良くなかったアンデルセンを揶揄したものでした。

その後も様々な挫折を繰り返したものの、紆余曲折をへて当時のデンマーク王や政治家のヨナス・コリンの助力により教育をうけ、大学へと進学します。

1833年4月から1834年8月にかけてヨーロッパを旅行し、その後イタリアのローマにてアンデルセンの代表作である”即興詩人”の執筆を開始。 1835年にデンマークへ戻り、完成した即興詩人を発表すると、なんとこれが大ヒット! 彼の出世作となりました。

しかし同じく1835年に代表作”人魚姫”や”親指姫”、”裸の王様”などが収録された“子どものための童話集”を発表するも、こちらは残念ながら不評であったとか。

……そりゃあ、あれだけ暗い物語ばかり詰め込んでおいて”子どものための”なんてタイトルをつければ不評にもなるわ。

BADEND特集と言っても過言ではないレベルの童話集を出版して残念な結果になっておきながら、アンデルセンはその後も同じような雰囲気の童話を出しつづけました。 これは、まだ彼が若かったころの貧しさや、それへの社会の無関心などに対する嘆きを表したものと言われています。

晩年、この傾向は少しずつ和らいでいき、多少は明るい結末を迎える作品が増えていったのです。 あくまでも多少ではありますが。

これら以外にアンデルセンのエピソードとして以下のようなものもあります。

  • 死んでいると勘違いされないように寝るときは枕元に”死んでません”という書き置きをしていた
  • 外出時は緊急の際に窓からすぐ逃げ出せるよう、常にロープを持参していた
  • 自分のそれまでの人生や初恋に敗れた悲しさなどをつづったものを”ラブレター”として送っていた
  • 初恋の人からの手紙を生涯大事にしていた(真偽不明)

Fateシリーズでのアンデルセン

初登場は「Fate/EXTRA CCC」「殺生院キアラ」によって召喚された、キャスターのサーヴァントです。

非常に皮肉屋かつ毒舌で、自身を「最弱」「三流」であると自虐しながらこちらにもいろんな罵詈雑言をぶつけてきます。 この歯に衣着せぬ物言いはどんな相手に対しても変えることはなく、ギルガメッシュに対してすら何一つ物怖じすることなく物申せる豪胆ぶりには、あきれもしますが尊敬もできますね。

FGOにおいては”第四特異点 死界魔霧都市ロンドン”にてはぐれサーヴァントの1人として召喚され、主人公らに嫌々ながらも協力してくれます。 保有スキルの”人間観察A”は伊達ではなく、メインストーリーの黒幕の正体の一端を暴いたものの、黒幕の手によって八つ裂きにされてしまうのでした。

大抵の人が読んだことがあるであろう”人魚姫”や”裸の王様”、”みにくいアヒルの子”などの作者であり、アンデルセンの書く物語はほぼ全てがマイナスなイメージを持たせるストーリーとなっています。

それらを読んだ読者の”これを書いた人間はこんなヤツだろう”というイメージによって、彼自身の肉体から性格に至るまでが侵食されてしまっており、保有スキルの”無辜の怪物D”はこの浸食具合を指したものです。

アンデルセンの手足は”人魚姫”からくる人魚の鱗、”マッチ売りの少女”からくるマッチの火傷や凍傷などで侵されており、喉は喋るたびに激痛を刻んでいるとか。